Octubre 17th, 2008

政府は、品物を横流しする人や、代価で利益を得る人、食糧をくすねている人に対する追跡を発表したが、ここのところ公式市場も麻痺した状態である。私は地区の国営喫茶店を少し歩き回ると、品薄であることが確認できた。兌換ペソ払いの魚専門レストランでは、もうエビのピザも海鮮ピラフも食べられない。なぜなのか。この島では何も不正取引の存在から、不法の影の下100%国営と思われるものさえ支えている腕から、逃れることはできないのだ。
喫茶店やレストランでの売り上げを維持するために、明らかに闇市場からの供給が必要とされている。「公的な生産物」として売られている多くのものは、実際には、従業員自身によって不正業者から買われたものである。食品仕入れ会社が公共機関に割り当てる食料で、一定の供給を維持することはできないだろう。それらの場所のウェイターや経営者は基本的にこの不正商品の売り上げが生む臨時収入のために働いていた。これらの配当金が手に入らないならば、メニュー板に書き込んでうめる気は失せ、客はそれに気づくのだ。
ネズミを狩る執念によってネコは罠に自身の尻尾を捕らえられてしまう。不正と腐敗のその毛深い長く伸びた部分は、切ろうとするとすぐに出血する。
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Octubre 15th, 2008
8月末に私は、サインボードやポスターの写真を載せた、「周囲に見えるもの」という題名のブログを書いた。これらのポスターや、テレビによるプロパガンダ、職場に描かれた政治的壁画は、強制的な、ヴィジュアル的財産目録である。もし私たちが関心のある物、好むものを選べるなら、だいぶ異なるイメージものを選ぶだろう。今日、ネットという配信手段ができ、ドキュメンタリーや映画フィルムで、私たちの欲しているものと、公のメディアが見せるもので、隔たりがあることは明らかだ。
USBやCDのお陰で、今日見られる「隠れた大人気作品」のちょっとしたリストを載せた。魅力的なテーマの中でも、社会主義崩壊時、東ヨーロッパ諸国で起きたことについてのフィルムである。しかし、今日私たちが半非合法的に享受している、これらの映像と歴史の支配者たちは、キューバのニュースでは、明らかにされていないか、とても問題視されている。そのことにより、私たちは、国家が私たちに伝えたがらなかったことを見たいという、私たちに隠してきた部分を知りたいという欲求にかられる。
リストは以下のとおり。
全てにおいて、リーダーを愛す

『全てにおいて、リーダーを愛す』のドキュメンタリー
チェルノブイリの戦い

『チェルノブイリの戦い』ディスカバリーチャンネルのドキュメンタリー
べルリンの壁の崩壊とロシア皇帝ツァーの終末

ベルリンの壁崩壊のドキュメンタリー
社会主義、地上の楽園

社会主義、地上の楽園
原子力潜水艦クルスクの沈没の真相

ドキュメンタリー映像『原子力潜水艦クルスクの沈没の真相』
独裁者、スロボダン・ミロシェビッチの転覆

映画『カチン』

映画『カチン』のポスター
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Octubre 13th, 2008

最近、闇市場で過剰な値上がりがみられる。卵一つが、4キューバペソまでに値上がりしてしまった。これは、キューバ人の一日の平均賃金の3分の1にあたる。しかしそんな消費者の負担より、もっと大きな負担を抱えている人たちがいる。卵を不法で売る人たちだ。彼らは、不法の商売をすることで、2年間の自由剥奪の刑罰のリスクを負っている。ハリケーン・アイクとハリケーン・グスタフが養鶏場に大災害をもたらした後、このような不正取引が排除されるようになった。先日、闇市場で大胆に売買をしていた人が、即決裁判にかけられ、食糧、建設資材、医薬品の不法売人のための厳罰を下された。
キューバの警察は、牛肉、チーズ、海老、粉ミルクの(不法売買の)検挙を、長いこと行っている。今は、更に卵も加わった。この新たな一斉検挙によって、玄関先まで来てくれる売り子のお陰で、手に入れることができていた食料が無くなるという自体が、すぐに起きた。今日では、「卵~!」と呼び売りする方が、反体制的なスローガンを叫ぶより、危険かもしれない。いや、誇張してはいけない。やはり、反体制的な意見を述べる方が危険だろう。
闇市場への新たな波が、「何が始まりだった?」という私たちの問いに答えてくれる。そう、最初は卵が始まりだった。次はホームメイドのスイート。その後、燃料の価格上昇に抗議した人たちが、告訴された事件があった。そして、最終的には、農産品市場の物資不足を物語った「彼ら」が、刑罰を受けた。雌鳥の売買をする人たちにまで捜査の目が及んだ時には、もう、刑罰は、人の人生設計をくるわす、度を越したものになるかもしれない。
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Octubre 11th, 2008

木曜日にアンゴラ戦争についてのキューバ映画「カンガンバ (Kangamba) 」が島全土で封切られた。映画館のはずれでは、カップルたちが方向を変え、暗いところへ行きたがった、つまり、彼らはアフリカのキューバ隊にほとんど興味を抱いていないということだ。フィルムは数十年の年月で痛んでおり、いまだ機密扱いを解除せずにいる地域の歴史に取り組んでいる。「カンガンバ」は80年代末であれば長い行列ができ、熱烈なコメントを受けただろうが、今頃になってはほとんどの人は起こったことを思い出したくなかった。
アンゴラの地での戦いはキューバ史上もっとも長い戦争であった。異国の地で15年長引いて戦い、殺し、またこの島がどこにあるかもよく知らない人々に殺され続けた。クレムリン宮殿がキューバに影を落とし、我らの指導者たちは、「我々はクレムリンに従う!」というように、アンゴラ全面独立民族同盟 (UNITA) の対抗軍に加わることをためらわなかった時期であった。地政学は大帝国の周りを回る小さな国々のために、その過酷な試練を描写するのだ。
私は15年もの紛争の間、キューバの母親たちがどの政治的広場でも前線に息子たちを送らないために抗議を起こさなかったことに気づいた。誰も、みんなが「何をアンゴラでするの?」とささやく質問をマスメディアでは発さず、平和主義者がいくつかの徴兵場の前を白い鳥で埋め尽くすような運動はさらに起こることはない。私たちは、今日の私たち市民のようにより従順で何をするのかもよく知らないで死んだり殺したりしたのだ。
現在私たちにはイラクでアメリカ人兵士が苦しめられている死傷者の情報があるが、私はアンゴラ戦争の間にキューバ人戦死者数に関する秘密主義のことを覚えている。近所の人たちが兄弟を失ったり、仕事の同僚が腕をなくして帰還した知らせがあったが、新聞はただ勝利の交響曲を奏でるだけであった。家族たちは、大西洋の向こう側で息子たちが何をしたのかもよくわからないまま、ひそかに彼らの死を嘆き悲しんだ。彼らは、墓地のニッチ、家の居間にある額縁の写真、毎年の記念日に供える花で一杯のコップや遠くから戦争を見た人の長い議論に居続けるが、だれも質問に対する明解な答えを知らない。「キューバ人はアンゴラで何をしたのか。」
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Octubre 9th, 2008

エル・グアヒロ・アスル (El Guajiro azul) は私に動機とブログ「レタゾス (Retazos) 」による頭の痛みについての文を送ってきた。その題名は素晴らしく「老人、インターネットと私」である。読むと、釣り針を強く投げかけているように感じるが、今回は老漁師は、私たちがほぼ自由にネットを泳ぐ水から私たちを吊り上げることはできないだろうと感じる。
私は、サトウキビ畑に囲まれて生まれたこの40歳代の意見を持ち出すために、ハリケーンで散々遅れちょうど行われているブロガー会議のテキストが発行されるまで待てなかった。マチェテのように軽快なキーと辛辣な投稿メッセージを持ち合わせる農民によって発表された報告の最終2段落を載せる。
- ブログを書くことは、特にアクセス面での多大な苦労で挫折感を引き起こすかもしれない。地方に住む場合、悪化する苦労である。時間は高くつく上にわずかにしかない。回線がつながらないときは中断された送信を繰り返さなければならない。見逃した小さな間違えを直すことはできない。読むこともコメントしてくれた人に応えることもできない。他のブロガーとの繋がりを持つ機会はほとんどない。リンクを交換する申し出に応じることもできない。画像をアップロードすることはほとんどまったく不可能である。全てのこの相次ぐ妨害は、過度に節制して見た目は退屈なミニマルアート様式に至らしめる。読み手を惹きつける文を書くために、私は持っていないが、語り手の天才的才能を求められる。
- これらや他の理由によって、私は立ちはだかる不運に一度以上は屈することを考えたことがある。訪問者の少なさやわずかなコメントに気落ちし、難破者に送られたビンの中のメッセージを思い出させる連絡不能のこの新しい形態によって疲れきり、水漏れする船を置いていくようにブログを手放すことを考えた。ポンテ (Ponte) の言葉を言い換えて説明すると、何が人々にブログを書き続けさせるのか自問するのであった。なぜ私はそれを行うのか。もしかしたら名声のため、お金のため、リンクを集めるため、今か将来に全てが同じように続くか変化は訪れるのかどうかの認識のため。それでは基本に戻ると、私が語りたいことを語る必要性であったのだ。深く息を吸ってモニターを消す。子どもを見て回り、蚊帳をかける。キッチンでコーヒーを飲み、箱の中の最後のタバコに気をとられる。再び深く息を吸い込む。モニターを立ち上げキーを打つ。
この地方のブロガーが書き続けるように声援を送らなければならない。私は「レタゾス (Retazos) 」のコメントに援助の言葉を書き残すことを提案する、そうすれば、そこに挑発的なメッセージ投稿や多くのアクセス件数と通信量をGeneracion Yにもたらすサイバー対応団体の者たちさえ辿りつくことができる。
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Octubre 8th, 2008

ピナル・デル・リオの道のりに「巣を張った」後に休んでいる「蜘蛛」
交通手段不足は私たちを立ち止まらせず、より多くの時間と動き出すための創造力を生み出す結果となった。したがってハバナは丹念な技術検査の施されずに修理された自動車でいっぱいになり、地方では動物による牽引がより一般的な乗り物になっていた。
私はピナル・デル・リオの旅行で、いわゆる「蜘蛛」という小さな写真シリーズを作った。ローマの2輪馬車と田舎の荷馬車の中間の2輪小型荷車の写真である。それらの代替車なしに、移動やキューバにある多数の小さな村の間での商売は不可能であろう。道や街道を進むこれら蜘蛛類が何百「種」もいて、多くの(たいていは不法の)商品を運んでいる。ソ連製の古いトラックの車輪、派手な色の装飾や雨や太陽を防ぐ不安定な屋根のカバー全ては、必要性や無謀さの産物である。どの販売店からも自動車を手に入れることができないという民衆の絶望を表しているが、そうだとしても進むことをやめれない。

ベッドを運んでいる「蜘蛛」

「蜘蛛」の馬になることはしんどいはずだ。それが、イモ類を運ぶものから一家族を運ぶものに変わる。ときどき「蜘蛛」の馬は、警察が不法な荷物を横取りしないように走らなければならない。
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Octubre 7th, 2008

139回目の誕生記念日にガンディーへ
彼は準備をして、釈明を練った。現実を見て物事を変えたいと、年月を積み重ねてきた全ての返答を論争のために磨いた。彼は討論の中で相手が彼に利益を思い出させ、不満な者だけが見える太陽の疑いのない黒点(欠点)を知らせてくれるだろうことを予測した。彼は他国と比較するのを避けるために、(批判を黙らせたい者たちにはありがちな手段で)特別に整えた。彼の言葉は北側に好まれ、彼の靴は労働者の給与で買われたものには見えないという侮辱に反論するための準備は整った。
野球の熱狂の中、彼は新たな論拠を投げれない敵側の前でホームランを向かえ待つ4番バッターのように論争の腕を奮い立たせた。彼は論争のために何年も待ち、ついに反論の機会は訪れたように思えた。人々がそれを聞きたいと彼が考えて演壇に上がっただけである。ひどいミスだ。実際には、相手は彼を話させないようにするだけであった。そこから、組み立てた釈明でよくできた建物は、相手側の叫びや攻撃に耐えれなかった。全ての意見のために、彼はふくらんだ血管や握りこぶしに見舞われ、多くの侮辱にあった。彼はただ国の安寧を考えているだけだと説明しようとしたが、「傭兵」の侮辱によって最後まで話すことはできなかった。
彼は打撃に応じるすべを知らなかったため、しゃべらないことを望み、相手は彼を負かしたと考えた。しかし、そこで論争のために武装した男は投石からの守備を減らした。彼は家に戻り、分析を一つずつ捨て、体制の非実現性な経済についての説明を取り除き、変化のない革命に対する多くの酷評を非難した。台所へ行き、泥棒から守るための太い棍棒を探した。相手は目的を達成した。彼は聞かせるために暴力を必要とする者に変わったのだった。
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Octubre 6th, 2008

大きなトラックとトラクターからわずかな人が、一般市民によって小さな自動車が運転される姿を敬う。
ひそかな戦いの中のように、動物が話した
口から泡を吹いて、不運な目で
「フランシスコの兄弟よ、そんなに近づくな・・・」
Eメールでエリエセル・アビラのインタビュー記事が送られてきた、Cubaencuentro とKaos en la Red.である。彼は情報科学大学の生徒である。二通を読むと、国内ではそれらのメディア放送を一切しないだろうということを知った、私たちの新聞は知られないほうがよいという大多数の人と共有した意見からだ。ラス・トゥーナスの若者は国会議長との口論のあのビデオのように、インターネットスペースを追いやられているが、代わりの手段で人々に伝わった。キューバ人はケーブルもモデムも必要なく、パソコンすらなしで済ませることができる一種のウェブ4.0で話す。今週はそこからすでにハバナ中がフリージャーナリストとのエリエセルの会話について知っていた。情報というのは、検閲官の手の間をすり抜け日増しに細かい砂になっていくのだ。
何人かはもっとも批判的な若者を「かどわかす(誘惑する)」ためのちょっとした陰謀のように的確な言葉を発するこのラス・トゥーナス人を目の当たりにする。私は行動を起こすたびに完璧に予測された企みを感じさせる熱狂に嫌悪感を抱くことを認める。私は政府が全てを整えることや、能力があると信じている政治的チェスをできるとは思わない。チェス盤の枡は消え、テーブルは3本脚で少なくとも不安定な状態のこの時期には特に。私は事件があるごとに、取り返しのつかず国家治安局の手に引っ張られる糸を見るのをじっと耐える。それを信じることは彼らがあらゆるところに存在し全てを知っており、幸運にもそれは神のみが持っている特質であることを考えることである。
エリエセルはその問題提起に正直であると推測したい。二重通貨性、権力乱用や私たちを支配する老人体制に不満を持つ大多数に見られる若者である。その名前で物事を呼ぶ農民の単純さや、破壊しつくして終わるだろう体制を内から変化できる人。健康、率直また正直でないものは、この情報科学の生徒を含む現実である。「ポルノ・パラ・リカルド(Porno para Ricardo)」の男の子たちがコンサートに出れなく、さまざまなブログやウェブページが封鎖され、異なる意見を言うとCIA情報官であると告発される社会は、多様な意見を述べる権利を奪うためによく考えられた陰謀の兆候である。そこでは確かに私はパラノイアになる。
じっとしてられない若者は、リカルド・アラルコン国会議長の前でインターネットに映り、キューバと対立する意見を帳消しにする「オペラシオン・ベルダ」の一員のように振舞った。それは彼を多様さや討論のための場所に欠ける被害者や死刑執行人にした。エリエセル・アビラに許してもらいたいが、異なる意見を中立化する方向付けを持って組織的パソコンからネットに入ることは、彼自身の隠喩を使って表現すると「大きなトラックを運転する者は、他人の権利を尊重しないで自らを街道の所有者であると思い込む、なぜなら彼らともめれば非常に悪い結果になることを知っているからである。」というような結果をもたらす。
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Octubre 2nd, 2008

土曜日にピナル・デル・リオへ向かう友達を手立てに、私たちは被害者のためのいくらかの寄付を持って彼女の車で出発した。わずかしか持たない人から贈られた服と食べ物、しかし、さらに持たない人を助けたいという気持ちがこもっている。市民間のその連帯意識は、政府やNGOが与えることのできるものに比べると取るに足らないように見えるけれど、そうせずにはいられないのである。集まったものの最終的な届け先は、コンソラシオン・デル・ノルテと隣接する小集落で、これらのいくつかはまだ電気が復旧されていない。
街道では全ての政治的広告のあまりの回復の早さを見て驚いた。これらのポスターはイデオロギー宣伝の現在の機能よりも、ずっと家の天井として実用的である。これらの巨大金属ポスターの中の一つは、まだ星の下で寝ている住民のいくつかの住居を覆うのに十分だろう。「私たちの仕事によってのみ資源を生み出すことができるだろう」と謳う屋根のようなものを想像できるだろうか?そのようなわかりきったものの下で生活することはあまり快適ではないだろうが、少なくとも雨を逃れる。
私は戻って、修復には年月がかかること、期待は乏しいこと、援助の熱意が冷める頃に最悪な事態になるかもしれないということを確認した。警察は街道での検問を厳しくした、闇市場へ渡る商品の流出を避けるためである。扉を叩く商人をとても頼りにしている私たち全員への悪いニュースである。資源の転換、野菜市場での価格の急騰とネガティブな噂を漏らす全てのものに対する激しい運動が、私たちにこれから起こることを知らせてくれる。私たちはすでにそれらの攻撃は違法を攻め、意見を述べる少しの空間を制限し、ピーナッツ売りさえも追跡するまで動き回ることによって始まることを知っている。「包囲された広場」の状態は際立ち、そのため「社会主義の維持」のためにいくつかの法律上の模範的プロセスに驚きはしないだろう。
これらの2つのハリケーンは、もうすでに知っているパターンに私たちを捕らえたのである。中央集権統制、検問、法的脅威と、開放、民間活力への空間、自由そして改革とともに解決されるべき厳しい手によって解決しようとする政府のパターンである。

もっとも被害にあった地帯にある全ての政治的広告は、すでに修復されている

コンソラシオン・デル・ノルテでは、まだ建設材料待ちの家がある

食べ物はしっかりとつかまないといけない・・・少なくなっているのだ

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Septiembre 29th, 2008
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